tabi blog

響きあう自然

長旅も終盤に差し掛かった 2001年 秋
カンボジアのアンコール遺跡群 タ・プロームで
私たちは 呆然と立ち尽くしていました.
言葉に表すことの出来ない 心をどこかへ手放してしまった感覚.

私たちがそこで見たものは
湿地帯の巨木が 遺構を今にも飲み込まんとしている様でした.
発見された当時の状態で 崩れゆくままに保存された遺跡でしたが
更なる年月を経て やがては緑に覆い尽くされてゆくのでしょう.
その光景を目にした時
建築を求めて旅を続けていた私たちは 強く衝撃を受けました.
それはまるで 深い淵にいるような
静かな 静かな感覚でした・・・

私たち人間の文明とは このようなもの
森を切り開き 都市をつくり 文明を築き上げ
けれど ひとたび廃れるならば
樹木や他の生命が その地にしっかりと根をおろし
自然の息吹のままに 還ってゆくだけなのだ

そうして しばらくして
何かがゆっくりと 柔らかに溶け出すのを感じました.
あぁ この旅はここでもう終わりにしよう と.

私たちもまた
自然の一部として 自らに自然を携えて 今を生きています.
人間の造り出した 固いものの中で暮らしていると
時にそれを 忘れ去ってしまいそうになるけれど
自分自身が ”自然” という存在であることを
確かに感じるのです.

とある土地を選び そこに家を建てて暮らしたい
そう依頼がある時 私たちは建主さんと
自然から分けもらった土地に わずかでも還していけるものがあるか
そんな話をしています.
土を戻し 樹木や草花を植え
鳥や蝶や虫たち
時に小動物も訪ねてくる 小さき自然
愛情を持って 手を入れてもらえるような
住まう人の暮らしと
心までもを癒し豊かにしてくれる ささやかな庭
道行く人にも 季節の移ろいがこぼれるように
そう願って専心するのは
あの時の光景が 心の奥底に在るからなのかもしれません.

庭の手入れなどしないよ と言っておられた建主さんから
忙しい日々のほんのひととき
庭先の小さな自然と触れ合う時間を
今は貴重に 愛おしく思う
そう嬉しい話を聞く時
きっと その小さな自然を通して
彼の内なる自然が 響き合っているのではないか
そう想像して
私たちもまた 深くあたたかな響きを感じるのです.

自然のなかの私たちは
朝の白い光の中 鳥のさえずりとともに目を覚ましたいし
窓を開け放ち さわやかな風に肌を洗われて暮らしたいし
気持ちよく晴れた日には 戸外のテーブルで食事がしたいし
鳥たちより先にと実を採る子どもの姿を 愛おしく感じたいし
雨に濡れ一層生き生きとする緑を ふと手を休め眺めていたいし
夕暮れ時 美しいブルーに染まった空気に 満たされたいし
夜の闇に心ざわめき 抱く畏れの感覚を 忘れてしまいたくないし

自然のなかの私たちは
どんなに忙しい日々であろうと
季節の移ろいを感じながら
感謝して生きてゆきたい