tabi blog

映画『人生フルーツ』

風が吹けば 枯れ葉が落ちる
枯れ葉が落ちれば 土が肥える
土が肥えれば 果実が実る
こつこつ ゆっくり・・・

津幡修一さん(90歳)と英子さん(87歳)夫妻の暮らしを綴ったドキュメンタリー映画は、樹木希林さんの何とも心の琴線を震わせるナレーションで始まります。
私はかつて感動はしても、ここまで
大切な方たちと共有したい思いで、お勧めした映画は無かったように思います。

津幡修一さんは、終戦後 焼け野原になった住宅の再建に、情熱を傾けた建築家でもあります。日本住宅公団の創設と共に入社。阿佐ヶ谷住宅、多摩平団地など、緑豊かな魅力ある都市計画に携わります。
そして1959年、伊勢湾台風で湾沿岸が津波に襲われた教訓から、高台に大規模な町を移転するという「高蔵寺ニュータウン・プロジェクト」。
“地形を生かし、風の通り抜ける雑木林を残す”という有機的なマスタープランを提案しながら、けれども高度経済成長期の日本、スピードや効率を求め突き進む時代に、土地は平坦に整備され、結局その理想の形では実現しきれなかった・・・
何枚もの手描きドローイングに、自然と共生する豊かな暮らしを夢描いた彼には
きっと心残す思いがあったでしょう。
自ら家族でニュータウンへ移り住むという決心は、信念に真っ直ぐな修一さんと心から支え続けた英子さんの“人となり”が表れているようで、痛いほどに響いてくるものがあります。
今でも経済優先のプロジェクトが後を絶たない中、建築に携わる私たちに
何かもっと出来ることはないのか
そう深く問いかけてくるようで・・・
町の住人となり、造成で禿げ山になった高森山を地域に蘇らせたどんぐり作戦。
300坪の敷地に、木造平屋を建て、周囲に雑木林を育て50年。
野菜70種と果樹50種と、土を耕すふたり たおやかな日々と・・・

「何でも自分でやってみるといい、見えてくることがあるから」
修一さんの言葉と、お二人の暮らし方は
経済成長を追いかける流れの中で、忘れてしまいそうになる
シンプルな、人の本来の営みを、私たちに思い出させてくれます。

自らの手で 作ること
生きるために 食べること
食べることを 愉しむこと
巡りのなかで 生きること

修一さん英子さん、お二人それぞれの
心感じるままに逆らわず、こう在りたいと歩んできた末の
自然体で 清々しくもある生き方。
それが晩年の暮らしの中に凝縮され、私たちの心に響くからこそ
雑木林の中、自身の奥深くへも 自然と入って行けるのかもしれません。
人生 道の途中、今まさに感じていることを携えて。

私たちは
これまで設計に関わってきた住宅、建主さん家族の暮らしを
自然と 思い浮かべていました。

家をつくるということは、物質的なものをつくることであるけれど
家のスペック、大きさや仕様を上げていくことが
必ずしも暮らしの豊かさ、幸せにつながるものではない、そう感じてきました。
その場所で、家族が自然体で、健やかで幸せな暮らしを営めることが
やはり何より大事なことなのだと
その環境の下地づくりを、未来を見据えながら共にすることこそが
私たちの“設計”という仕事の、本当の役割なのだと
お二人の晩年の豊かな実りに触れ、思いを確かにしたのです。

私たちはちょうど住宅設計の打合せを進めていた建主夫妻にも、この素晴らしい映画のことをお話しました。
設計図は出来上がったものの、工務店の見積りが予算よりオーバーしてしまい
さてどうしたものか・・・
皆でテーブルを囲み、金額を睨み、調整していたタイミングでした。
設計段階では夢も理想も盛り込めますが、現実は先立つものとの兼ね合いです。
けれども、この見積りの金額調整こそ
真に自分たちの暮らしに必要なものは何なのか、と問うことでもあり
価値観を見つめ直す、実はとても大切な作業だと、私たちは思うのです。

建主夫妻は打合せ後、その足ですぐさま映画館へ向かわれました。
そして二日後、私たちの元に一枚のハガキが届いたのです。
そこには「とても大事なことを気付かせてもらった・・・」と
ご夫妻の感動した心の様が、あまりに素直な表現で綴られていたことに
私たちもまた、大きく心を動かされたのでした。
「減額作業について、どうしても“減る”“あきらめる”としか捉えられなかったのですが、違った見方で取り組めそうです。お二人に設計してもらった家、目の前の緑や野菜、太陽や風や土、もっともっと二人で一緒に楽しめる! そんな予感がしています。」
そして「英子さんの作る丸いコロッケ 二人で食べたくなって 早速夕飯に」と
まぁるいコロッケのイラストが、描き添えられていました。
その後、減額作業の上手く折り合いがついたことは言うまでもなく、工事も順調。
完成を心から楽しみに待たれるご夫妻と、大切なものを共有し得た歓びを
私たちは、噛み締めています。


修一さん 英子さん
お二人から受け取った大切なことを
私たちなりの形で未来へ繫いでいけたらと 今あらためて思うのです.
実のなる樹を 一本でも多く 植えていけたなら.
出来ることから こつこつ ゆっくり・・・ ですね.

この愛すべきお二人を見つけ 丁寧に向き合われ
素晴らしい形で 私たちの元へ届けてくださった映画関係者の皆さんにも
心から 感謝を込めて・・・