tabi blog

変化の向こうに 2

日本の民俗学には “ハレ” と “ケ” という概念があります.
民俗学者の柳田國男によると
“ハレ”は 冠婚葬祭のような「非日常」
“ケ”は 普段の生活である「日常」
晴れの日 晴れの場 晴れ舞台などは この “ハレ” が語源だそうです.
家の間取りにおいても 現代に引き継がれる農家住宅などに
この祭り行事や人生儀礼を行う "ハレ" の間と
日常の暮らしである "ケ" の間
それぞれどちらも共にあるのを 目にすることがあるでしょう.
両親の実家もまた それぞれそのような家であった為
子供の頃から泊まり訪ねていた私は
親戚・近所隣まで総出だった 祖母の米寿のお祝いやら
”ハレ” と ”ケ” の場を行き来する空間体験が
自然と深層感覚に 沁み渡っていたのかもしれません.


母が緊急入院したのは 夏も終わり秋の気配が漂い始めた頃.
末期のすい臓がんでした.
手術・治療を尽くした後 余命を告げられた母が望んだのは
“ 今すぐ家に帰りたい ” ということでした.

望み通り我が家に戻った母と 父と 看病に戻った妹と共に
在宅医療の助けで過ごしたひと月半.
それは私たちにとって忘れ得ぬ かけがえのない時間となりました.
「 あぁ やっぱり家がいいなぁ 」という心の底から出た母の言葉.
そして晩秋の 最期のその時まで
この家の光景とともに 一瞬一瞬が克明に
記憶の中に刻まれたかのようでした.


母をこの家から見送ってあげたい
私たちはそう思いました.
最後に戻りたかったこの家で
母の居たいつものこの場所で
集ってくださる皆さんと一緒にお別れしたい と.

見れば実家の居間は それなりの人数が集える広さでした.
このような日が来るとは想像も出来ずにいましたが
改装で 既存の居間とダイニングキッチンの間にあった仕切り壁を取り払い
ひと間続きの大きな部屋にしていたことが 思わぬ功を奏したのです.

親せき 友人 近所の方 娘の音楽活動でお世話になった方々
遠く台湾からも駆けつけてくださった方も
皆さんが母と思い思いの別れをし 印象深い思い出を語ってくれました. 
私たちにとっては “妻”  “母”という存在であった彼女が
人生の中で 人とどのように向き合い
どのような距離で付き合ってきたのかを
初めて知るようでもありました.
母の眠る居間には 母の描いてきた何枚もの油絵と 好きだった花々
妹の奏でるヴァイオリンの音色と 甥っ子の透き通る歌声レクイエム
家族 親しき人々に見守られ
持てる愛情を注いだ孫たちに
ありがとうの言葉と 色とりどりの落ち葉を添えられて
晩秋の穏やかな光の下
母は大好きなこの家から 旅立っていきました


今思えば それは “ハレ“ と ”ケ“ の不思議に混ざり合う
何とあたたかい時 あたたかな場所だったでしょう


すべての物事は 絶え間なく刻々と移り変わってゆく
仏教の「空(クウ)」の思想では
永遠不変なるものは存在せず
あらゆるものは 何か一つに起因するのではなく
それぞれの関係の中で 寄り集まり存在しているという

そうであるならば すべては在るがままでいい
“ハレ” と “ケ” さえも 隔たりなく混じり合い
一刻 一刻と 移ろいゆく時のなかに
永遠だと思える一瞬を
永遠だと思える場所を
この尊き かけがえのない輝きを
私たちは 見つけることが出来る


人はそれを信じるから 生きられる
心の内に抱いて また生きてゆける


移りゆくなかの僕らは
変化の その向こうにあるものを
探し続ける